ぼちぼちでんなぁ

同人のこととか

イベントで昔の自分と会った話

「今回、この為だけに来ました」

 

言われた瞬間、そこに数年前の自分がいた

 

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私は細々と二次創作同人誌を作っている。

 

元々読み専だったが、とある方の同人誌を読んで衝撃を受けた。

話の構成・絵の迫力・心理描写…全てにおいて芸術だった。陶酔した。世の中に数多作家は多かれど、この人ほどの天才はいるのだろうかと思った。なんでもっと有名にならないんだ。

 

何千、何万と読み返しても読み返すたびに新たな発見があり身悶える。胸に留まる熱ははいつしか『自分も同人誌を作りたい』という衝動に変わった。

 

もう大学を卒業する歳であったが、不慣れながら絵を描き、漫画を作った。

初めてつけペンを持ち、インクをひっくり返しながらケント紙を引っ掻いた。

 

その年、5冊の本を出した

 

拙かったが、自分の描いたものが本になっているのは不思議な感覚だった。本ってこんな簡単に作れちゃうんだ。

同人文化も作家側に立ってみるとまた見え方が違うのが分かった。意外と派閥みたいなのが存在しているらしく、人付き合いの苦手な私には多少居心地悪かった。怖いところだ。

少ないながら仲間もできた。一人はそれはもう仲良くなって、後に海外旅行に行く仲にまでなった。

どれも、神作家様の本に刺激されなければ体験できなかったことだ。

 

敬愛する(勝手に)作家さんはしばらく名前を見かけなかった。イベントに参加もされてない。

もしかしたら違う名前で、違う活動をしているのかもしれない。同人活動は流動的と聞く。

商業もやってらっしゃる方だったので、もしかしたら同人は辞められたのかな〜なんて思っていた。

 

その矢先 突然イベントに参加するとの情報があった。新作を出すとのこと。停止していた作家さんのブログが更新されていた。イベント2日前だった。

 

それからの挙動を昨日のことのように覚えている。

私はその日の仕事も予定も全てキャンセルし思いの丈を綴った手紙を書いた。

もうストーカーじゃないのかと思うくらい長い手紙だ。

文字が震えて何度も何度も書き直した。

書き終える頃には夜がうっすらと白けていた。

 

当日は始発でビッグサイトに向かった。

長蛇の列の中、身を凍らすような潮風も平気だった。やばい!あの神作品を描いてる作家さんが、もしかしたらいらっしゃるかもしれない!!

開場後はもう脇目も降らず、一つのスペースを目指した。そして…

 

あった!

 

あのスペースだ!!宝の地図を何度も確認する。しばらくの間遠巻きにスペースを見つめる不審者。

 

「書いた手紙を差し出し、邪魔にならない程度に言葉を交わして、本を受け取り、去る」

私にとってアイドルの握手会みたいなものだった。握手会、行ったことないけど。

何万回も行ったシュミレーションをいま一度再確認し、人の流れが途絶えた瞬間に駆け寄った。

 

俯きながら、「新刊をください」と早口で伝えた。本を受け取り 顔を上げた瞬間、頭が真っ白になった。もう本当に、笑っちゃうくらい間抜けな顔をしていたと思う。言葉が出てこず、金魚みたいに口をパクパクさせていたから。

カオナシみたいにどもりながら尋ねた。

 

「御本人様でいらっしゃいますか?」

「ごほんにん…?あぁ、誰が描いてる、ということなら私ですよ」

 

神よ、ここにいらっしゃったのですね。こんな私に笑いかけて言葉を交わしてくださるんですね…

 

私はいつのまにか泣いていた。もう完全にヤバいやつである。神もお困りあそばされていた。

押し付けるも同然、手紙でパンパンに膨らんだ封筒を突き出し、刹那逡巡後、言葉を絞り出した。

 

「今回、このためだけに来ました」

 

作家さんは、「えぇ!?いやぁ、他にもありますから、色々見てってくださいね、どうもありがとう」と仰ってくださった。

 

これ以上迷惑をかけるわけにはと思い、その後は速やかに退散した。本当はもっと伝えたい言葉があったのに、全部忘れた。

 

家に帰って 開いた新刊は自分なぞ足元にも及ばぬ 色褪せぬ素晴らしさであった。私は過呼吸になって死んだ。

 

数ヶ月後、手紙の返信が来て、

また死んだ。一生推す。

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「今回、このためだけに来ました」

 

もはや自分を見ているようだった。

昨日のことのように思い出せる、神作家との記憶。それが今度は私がサークル側になって体験している!昔の自分だ!

 

私は神と同じ言葉を返した。

「他にもありますから色々見てってください」ね、どうもありがとう」

 

彼女はその後まっすぐ出口に向かって行った。

 

 

 

今でも、あのイベントでの体験は夢だったのではないかと思う。自らが見せた己の幻。でも。

声をかけてくれたお嬢さん。

貴方がが忘れても私は決してこの言葉を忘れないだろう。

もし、あの時の私と同じ気持ちなら、私は所謂誰かの『推し作家』というやつになったのだろうか…?

 

神と同じになりたいなんて恐れ多いことは思わないが、願わくば私の作品が誰かの人生を豊かにしていれば幸いである。

 

 

 

 

 

 

2020/06/18追記:推し作家様はweb新連載を執筆中でした!!一生推す。